アストーリの夢Ⅰ
それは…何の前触れもなく、起こった。
ウォォォンと、咆哮の様な響きは、やがて振動となって、ヴァルハラに拡がってゆく。
神々が、不安げにざわめく中にあって、ひとりレナスの反応は違っていた。

「…これは?」

その波動に、強い意志を感じる。
意識を集中し、波動を追いかけようとした瞬間、それは、ピタリと止んだ。

「今のは、一体…」

そんなレナスの思いを見透かす様に、使いの者がやって来た。
「オーディン様が、お呼びです」



「先の波動…何と感じた?」
単刀直入な物言いに、相変わらずだと思いつつも、レナスは、頭を垂れた。
「お恥ずかしながら、波動の根源を掴み損ないました。ただ…あの波動には、大いなる意志を感じます。見過ごすには、些か不安が残ります」
「そなたは、呼ばれたのだ」
その言葉に、レナスは僅かながら反応を見せる。
「さすがは、ヴァルキュリアだ。やはり、お前に託すことになるか」
「……?」
「シルメリア、アーリィ共に選ばれなかった。そなたが、最後だ」
「最後…」
「ドワーフが住む“漆黒の谷”へ行け。期待しているぞ、レナス」


通常、ドワーフたちは、山肌に横穴を掘ったり、あるいは自然の洞窟を利用したりして、住居とするのだが、それには、大きな理由があった。太陽の光を浴びると、死んでしまうという…自然と共存するには致命的ともいえる特性があるからだ。
しかし、彼らにとっては、その不自由さこそが、“ドワーフの純潔”と称される…種の誇りでもあった。
その中において、最も気高く頑愚な一族がいる。

“イーヴァルディの息子たち”……最高の腕を持つ鍛治職人の一族だ。
彼らが生み出した武器や宝物は、あまりにも見事で美しく…それらは、時として、神々の争いの元になってしまう程の一品であった。にもかかわらず、やはり、ドワーフであるが故に、差別的な扱いに変わりはなく、ようやく辿り着いた安住の地こそが、ここ“漆黒の谷”だ。
日の光も、なかなか地面に届かない程の深い森も手伝ってはいるが、突き出た岩や、洞窟を巧みに使いつつ、長屋の様につながった石作りの棟が四方に伸びており、昼間であっても、不自由なく生活を営んでいた。


「ヴァルハラより、結束力が強そうだ」
皆が例外なく見せる冷ややかな視線や態度は、それが神族であっても変わらない。

「悪気はないのです。ただ、必死に己の身や生活を、守りたいだけで…」
一族の中で、唯一レナスの言葉に答えた者がいる。
木々の葉を映したかの様な、緑色の瞳が優しい…ドワーフだ。
「だからこそ、神たちから恐れられ、愛された名工・アストーリは、至宝と謳われるものを生み出しても、決してこの地を離れようとはしなかったのです」
ヴァルハラにあっても、その名を知らぬ者はいない位、誉れ高き鍛治職人の生き方に、レナスは、興味を抱いた。
「もっとアストーリを…いや、ドワーフを知りたいと思う」
「運命の女神である、あなたが…ですか?」
思わず驚きの声をあげてしまったが、無理もない。
本来、神にとってドワーフなど、取るに足らない存在なのだから。
しかし、レナスの澄んだ瞳は、真っすぐに、自分に向けられている。その偽りなき瞳に、思わず、笑みがこぼれていた。

「…申し遅れました、レナス様。ノズリと申します。名工・アストーリは、わたしの祖父です。…さあ、ご案内致しましょう。祖父の想い…波動の根源へ」
 
アストーリの夢Ⅱ
ドワーフであるノズリのことを考えると、おのずと移動は、夜となる。
険しい山道に加え、深い森の中には、夜行性の獣や魔物も潜んでおり、それらと対峙しながら、着実に進んでゆく。

数日の後…。二人は、山の頂にいた。

「新月となる今宵、全てが明らかになります」
暗い夜空に、一筋の流れ星が煌めく。それがまるで合図であるかの様に、目の前の岩肌が仄かに光り出す。
「…これは?」
促される様に、手を伸ばしたレナスの指が、触れた瞬間……。
岩肌が崩れ、弓がその姿を表した。
「お受け取りください。あなたのものです」
「私の…?」
「はい。やっと、祖父・アストーリの想いを…お渡し出来ます」


それは、昔のこと。
希代の鍛治職人・アストーリは、恋をした。
蒼穹の鎧を纏い、長い銀髪をなびかせる戦乙女に―。
しかし、それは叶わぬ恋。アストーリは、自分の想いと持てる力の全てを込めて、一挺の弓を造った。
弦のない…美しき弓を。

「魂の全てを懸けて造ったこの弓を最後に、祖父は、二度と生成をすることはありませんでした」
アストーリが造った最後の武器の噂は、瞬く間に広まった。
「幾多の争いが起こりました。名工・アストーリの最後の武器を得ようと、皆、目の色を変え、我を忘れて…。弦がない弓にもかかわらずです。見かねた祖父は、いつか…本当の主の手に渡ることを願って、この地に隠しました」

その後、永い時が流れ…この山頂に隠された弓の存在は、いつしか忘れ去られていった。
「あなたの姉妹である、シルメリア様、アーリィ様にも、この弓は、一度だけ波動を放ったことがあります。ヴァルキュリアの血に、反応したのかも知れません。その時は、父が、お二人を案内致しました」
「アーリィや、シルメリアも、この弓を手に取っているのか?」
「はい」
オーディンの言葉に、ようやく合点がいく。
「しかし…手に入れることは、出来なかった」
「はい。ご覧の通り、弦がないこの弓には、ヴァルキュリアの髪が必要なのです。お二人の髪で弦を創ったのですが…残念ながら、一度、弓を放っただけで切れてしまいました」
「……」
「髪を一房いただけませんか。祖父から最後の仕上げを託されていますので」
レナスは、緩く結んである銀髪をほどくと、腰の剣で、髪を一房切った。
「ありがとうございます」
艶やかな銀髪は、絹糸の様に美しい。

ノズリは、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で、呪文を唱えながら、髪を細かく編み込み、弦としてゆく。
「最後の仕上げです。レナス様…この矢を放っていただけますか?」
ノズリの言葉に、黙って頷き、弓矢を構えた…。
己が髪の感触に、一瞬の心もとなさを感じる。しかし、そんな不安を払拭するかの様に、蒼穹のヴァルキュリアの手の中で、白銀の弓が誇らしげに光った。
レナスは、微かに息を吐くと……夜空に、力一杯、矢を放つ。
刹那、弓が、眩い光につつまれた。放たれた矢も、光の尾を煌めかせながら、流れ星の様に、空の中に消えていった。

「これが、真の姿…フォルトゥーナです」
髪を編んでいた弦が、いつの間にか鋭く輝く一本の弦となっていた。
「もう、切れることはありません。レナス様のお力になりましょう」


フォルトゥーナ…運命の女神。
ドワーフの想いを胸に、レナスは、漆黒の谷を後にした。
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